感情的に訴えるということの意味
ワロンによると,人間が発達する方向性の捉え方には,環境に働きかけて何かが出来るようになること以外にも,自分の中で自分の感情をたかぶらせ,それを周囲に発散するということのように,自己内環境への働きかけ,あるいは自己の表現とでも言うべきものもあるという。赤ん坊が精一杯の力を振り絞って泣くとき,それは自己内で感情を高ぶらせ,感情を盛り上げて,一気に周囲へと放出する。そのような活動も人間が発達を通して獲得する1つの力であると言える。
さて,議論において意見を主張するときを考えてみたい。赤ん坊のように,感情を自分のなかでたかぶらせて一気に放出するような主張のストラテジーは効果的だろうか?もちろんそれを有効な主張方法だと思ってしまった人がいたら,その人は「あの人はいつもぶち切れちゃうから,話ができないんだよなあ」と言われてしまうだろう。しかし,ワロンの観点から考えると,そのような「ぶち切れコミュニケーション」にもある種の妥当性があるのが分かる。言葉が使えないような場合ではそのように,自分の感情を自分の全てで表現する方法によって,そのメッセージを周囲に伝播させることができるのである。
したがって,言葉を覚えた大人が「ぶち切れ」方略を使うということは,言葉をメッセージの担い手として信頼していないことが伺われる。一見,言葉を使っていても,それを意味のレベルで用いることもできれば,全身をふるわせながら感情を発するその媒体として言葉を用いることができる。つまり,言葉は使い方によっては記号であるが,使い方によっては感情の波動を載せる空気の振動として用いられるのである。
なぜ人によって言葉の使い方が異なるのか,これをワロンの理論から見てみるとおもしろい研究になるかもしれない。
また,「ぶち切れ」コミュニケーションと,優れた弁論家が熱をもって話す場合とでは,なぜ前者は子どもじみていて,後者は責任を持った活動家として捉えられるのだろうか。前者と後者では根本的に何がことなるのか。
と,ワロンを読んでいろいろなことを考えました。
京都大学:第14回大学教育研究フォーラム
今日は研究会のお知らせです。
3月の終わりに京都大学第14回大学教育研究フォーラムが開催されます。大学における批判的思考の教育・研究にご関心のある方は以下のセッションに是非ご参加ください。
http://www.highedu.kyoto-u.ac.jp/forum/2007/index.html
第14回大学教育研究フォーラム ラウンドテーブル
京都大学(吉田南1号館)
2008.3.27(木) 13:30〜16:00
学習者間インタラクションを通した批判的思考力と高次リテラシーの育成
企画者:楠見 孝(京都大学)
司会者:道田泰司(琉球大学)
話題提供者:
楠見孝(京都大学) 協同学習による批判的思考力と心理学リテラシーの育成
鈴木宏昭(青山学院大学) 市民リテラシーのためのライティング育成環境
岩男卓実(関東学院大学) 議論を通じた批判的思考力と論理的文章表現力の育成:大学導入教育における文章構成法教示の実践例
富田英司 (九州大学) 議論の質を測る
本ラウンドテーブルでは,学習者間インタラクションを通した批判的思考力と高次リテラシーの育成について,その認知的基盤と測定手法について検討を行う.OECDでは,大学の学習成果評価のための試行調査において,高等教育において育成すべき能力として「批判的思考力」を調査対象にすることを検討している.また,PISAの義務教育修了段階の学力調査では,読解・科学・数学リテラシーが測定されているが,これらには,実生活での知識の応用のためのコミュニケーション能力であって,証拠に基づいて判断する批判的思考力が重視されている.高等教育においては,これらのリテラシーに基づいて,高次の批判的思考スキルと専門的知識に基づく読解能力・コミュニケーション能力である高次リテラシーをいかに育成するのかが重要な課題である.その育成には,学習者間のインタラクションにより,コミュニケーションスキルの構成要素である能動的傾聴や議論のスキルを高め,省察を深め,批判的思考力を高めることが重要であると考える.そこで,4名の話題提供者が教育実践や効果測定について紹介し,全員で討論をおこない,今後の課題について検討する.
格差を生み出すのは・・・
いま日経新聞では前FRB議長のアラン・グリーンスパン氏の自伝がコラム形式で連載されています。今日特にはっとさせられたのは格差が生み出される仕組みについての一言でした。
現在社会は科学技術や知識の急速な革新によって、産業の現場では常に新しいスキルや知識の獲得が必要となってきています。しかし、人間はすぐにそれについていけるほど、がんばりやさんではありません。もちろん本気でがんばればついていけるでしょうが、みんなが本気を出してがんばれる訳ではないのが世の常です。そこで、現代社会においては、新しい技術や知識が必要な人にニーズが殺到し、需給関係のバランスから、必要な技術と知識を備えた人に高給が支払われるようになります。それに対して、それ以外の人の給与は相対的にさらに低くなっていきます。これが今回書かれていた基本的な仕組みです。
もし格差社会が問題だというなら、どうすればいいか。氏が言うには、そこで教育が大事な訳です。市場価値のある知識と技術を備えた人が増えれば、労働の需給バランスから、給料の高低の差は狭まります。このマクロな視点がやはり金融行政の人という感じですね。
グリーンスパン氏はアメリカの初等中等教育の改善が課題と考えているようでしたが、日本ではどこを変えるべきでしょうか。格差を今後日本で広げたくないとすれば、教育の成果に対して大幅なてこ入れが必要でしょう。教わる子供は柔軟であっても、教える大人が柔軟であるとは限りませんが、そこはどうやって解決すべきなのでしょうか。大学の役割はどういったものでしょうか。
もちろんこんなに急速に変わっていく社会についていきたくないという人も多いでしょう。その場合の解決策も考えないといけません。もうすでに世界は急速な変化の渦の中にあり、もう誰も止められないでしょう。早い川の流れの中で立ち止まっておくには、しっかりとした土台が必要です。進歩についていかないとすれば、それはそれで大多数の人々の内面に大きな変化を必要とします。
地球のように多くの人々が住む場所では互いの動きによって相互に大きな影響が生まれます。そこには大変な軋轢やストレスが生じます。集団生活って大変だなあとつくづく感じます。地球という壁のない部屋の中での100億近いメンバーでの集団生活を我々は送っているのですね。
阪大学長の記事:議論できる喫茶店を
今日の日経新聞のコラム・コーナーで,大阪大学学長の鷲田清一氏のインタビュー記事を拝見しました。
内容は一言で言うと,いま流行の日本のカフェでは議論ができていないし,かつてのジャズ喫茶などのように文化も担っていない。17世紀後半の英国で生まれたコーヒーハウスをモデルに,政治や学問や身近な問題について自然に話し合うカフェを作っていくべきだいうものでした。
こういった提言はこれまでも多くあったのですが,期待できるのは既にある試みが始まっているとのこと。阪大と喫茶店会社と鉄道会社がくんで今計画をすすめているのだそうです。
大阪には福岡と少し違って,見ず知らず人たち同士で議論をする風土があるように思えるので,阪大がこういった動きをみせるのはある意味自然なことかもしれない。また,鷲田氏が京都大学の哲学科卒なのも大きく関連しているだろうなということを感じさせます。
翻ってここ福岡にはどんな文化的素地があるだろうかと考えると,1つは「博多にわか」じゃないかな。以前の福岡には,中央に対してもの申すという独自の気概あったことが博多にわかの中に感じることができます。政治や経済,社会のことを自分たちのこととして,直接知らない人同士と議論を共有することは,この時代,欠かせないと思う。それを引っ張っていくのが大学の役割の一つだと思っているので,まずは大学の中で議論することが大事なのかもしれないと思います。
アーギュメントの要素を図示する
以前から教育心理学の領域では,主張を組み立てる際の規範的モデルとして,トゥールミンのモデルが利用されてきました。このような主張の組み立てを図示してきた人々の研究をレビューした論文をたまたま見つけたので紹介いたします。
Chris Reed and Glenn Rowe(2007)A pluralist approach to argument diagramming. Law, Probability and Risk
http://lpr.oxfordjournals.org/cgi/content/abstract/mgm030v1
この論文によると,最初に図示をしたのはWhatelyという人だそうで,1850年のことだそうだ。ただし,鵜呑みにするのはたぶん危険でしょうね。だって,だれでも図示ぐらいできるでしょう。主張とそれを支える理由付けを線で結ぶとか。
この本を読んでみて確かめてみないとね。新年あけたら注文してみよう。
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Goldin-Meadowのジェスチャー研究
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