日本教育心理学会で主催予定の自主シンポ

 今日は,僕が企画者になっている自主シンポジウムの宣伝です。日本教育心理学会第48回総会で行われるものです。今年は岡山での開催です。

タイトル:自然言語処理技術を活かした教育研究の可能性とその課題
企 画 者:富田英司・丸野俊一 (九州大学
司 会 者:富田英司 (九州大学
話題提供者:山内保典 (名古屋大学
      大塚裕子 (計量計画研究所)
      松尾 剛 (九州大学
      五十嵐亮 (九州大学
指定討論者:無藤 隆 (白梅学園大学

 近年,教授学習過程や発達過程の詳細な検討,自由記述データの分析といった目的で,テキスト・データを扱う研究が多くなってきた。しかし,教育心理学的研究におけるテキスト・データの処理方法を見てみると,コンピュータの利用はデータの管理・整理・印刷に限られており,何らかの自然言語処理アルゴリズムを用いて研究知見を見出した研究報告はほとんど見られない。その一方で,情報工学等では様々な自然言語処理の技術が開発され,日常会話や議事録を分析するための技術が蓄積されつつある。これらの情報処理技術を援用することで,テキスト・データを分析することの多い教育心理学的研究に,新たな研究展開が期待されるのではないだろうか。そこで本企画では,自然言語処理技術のうち,比較的利用が容易なものを教育心理学的テーマに応用した研究例をいくつか紹介しながら,それらの分析手法の可能性や課題について徹底的に議論する。

大学教員による高校生を対象とした授業の内容分析:私のテキスト分析体験記
山内 保典
 近年,専門家がわかりやすい形で市民に科学技術を伝え,対話を深めて人々の望みや不安を汲み取って科学技術活動に反映させていく「アウトリーチ活動」の重要性が指摘されています。この活動では,市民が科学技術の知識を得る一方で,専門家も「社会のための科学技術」を担うための素養を身につけるという,双方向的な教育効果が期待されています。このようにアウトリーチ活動は,今まさに注目を集めている教育場面の1つであり,教育心理学はその質的向上に一役買うことができると考えています。
 例えば,皆さんは「高校生対象の授業で,御自身の研究内容をわかりやすく説明して頂けませんか」という依頼を受けたとき,自信を持って応じられるでしょうか。その点に関して,学問の専門分化が進み,専門家同士でさえ「分野が違えば対話が困難である」ともいわれる現状は,決して楽観を許しません。私たちは実際のアウトリーチ活動の分析を通して,「教育現場で生じうるコミュニケーション上の問題やその発生プロセス」または「問題に陥らないための適切な表現法」などを学ぶ必要があるでしょう。
 そこで,私は「学びの杜プロジェクト」 の一環として,大学教員による高校生を対象とした授業を分析しました。1コマを書き起こすと約4万字,それが1教科10コマで4教科あります。計算上,この予稿集で約1150頁の量です。「この膨大なデータを俯瞰的に眺め,研究の指針を得たい」と思い,コンピュータによるテキスト分析を行いました。
 本発表では,私が研究の中で体験したこと,思ったことを中心に報告します。テキスト分析を知らない方には,その具体的なイメージをつかんで頂き,専門家の方にはユーザの望みや不安を汲み取って,それぞれの専門活動に反映して頂ければ幸いです。

テキスト・マイニングが切り開く教室談話分析の可能性:文学ディスカッションにおける鍵概念の探索とその発展プロセスの分析を通じて
松尾 剛
近年,教授・学習場面における談話過程への注目が高まりを見せている。その研究の多くは,分析者自身が談話データを読み込み−解釈するという過程を通じてなされている。この,読み込み−解釈型の談話分析によって,教師の発話が教授行為としてもつ意味(O’Connor & Michaels, 1996)や,学びの展開に貢献する談話の特徴(Mercer,1996)などの知見が示されてきた。しかし,特に大規模データを対象とした読み込み−解釈型談話分析には以下の困難性を指摘することができる。(1)結果間の直接的な比較が困難である。(2)データの全体像を把握することが困難である。(3)分析者個人の経験や技量に,分析が大きく依存する。このような困難性を補う方法として,テキスト・マイニングを紹介する。特に本発表では,小学校6年生の国語単元『海のいのち』における15コマの授業における話し合いを対象に,テキスト・マイニングの手法を用いて①授業のテーマである「いのち」について話し合う中で,子どもたちがどのような鍵概念を生成させたか,②その鍵概念の発展に関わる談話上のポイントがどこにあるのかについて分析を行った例(Matsuo, Tomida & Maruno, 2006)を紹介する。その事を通じて,「読み込み−解釈型の談話分析」と「自然言語処理技術を用いた談話分析」それぞれの特徴を明確にし,以下の点について検討する場を提供したいと考える。(a)効果的な談話分析のために,これら二つの異なる分析手法をいかに組み合わせながら用いることが可能であるのか。(b)これらの手法によって得られた知見を,実践家はどのように活用可能であるのか。

潜在意味分析を用いた教室談話過程の構造化の試み
五十嵐 亮
教師は自らの学びで教材を分析し授業を構成・展開するが,学習者もまた自らの学びで教材へと関わる。したがって,教授学習場面において教師は,授業計画をただ展開するだけではなく,学習者の反応に応じた効果的な発問,計画の即応的な修正・再構成を求められる。つまり,教室の談話データには,教師・学習者双方の教材に対する認識,(議論などを通して内容を再構築する)協同学習の過程が反映されているが,日常的な談話過程から研究知見を抽出することは容易ではない。近年さまざまな技術が蓄積されている自然言語処理アルゴリズムの中で,そのような教育実践研究への応用が期待されるものとして,潜在意味解析(Latent Semantic Analysis:以下LSA)が挙げられる。
LSAとは,テキスト・データ内の単語間の意味構造を,統計的処理(=特異値分解)と次元縮約によって算出し,意味空間として表現する分析手法である(Landauer & Dumais, 1997)。LSAを教育実践研究に応用する意義として,同手法が持つ『テキスト内の単語(文)同士を「繋げたり関連づけたり対比する」他のテキストの存在によって,単語間の関連性が意味空間上で変化するのを検証できる』性質が挙げられる。本研究ではその性質を利用して,①教科書,②教師の説明や発問,③学習者の発言,をそれぞれ固有のベクトルを持つテキストコーパスとして扱い,(単元内での)各単語間の意味構造の変化や,「授業という意味空間」を構成する①②③の言語的相互作用を可視化することを目的とする。各教材に対してなされるさまざまな議論の焦点や方向性を統計的に算出することで,教室談話データを構造化し,本時(単元)目標に即した効果的な議論を促進するために教師はどのような働きかけを行ったらよいのか,詳細に検討していく。

話し合い支援のための相互行為分析研究:フォーカス・グループ・インタビューを対象に
大塚裕子
本研究の目的は,行政や司法などの社会的意思決定プロセスへの市民参画を支援する方法として注目されつつある話し合いの技術の確立ならびにデザインの枠組みを構築することである。特に話し合いの司会進行役割を担うモデレータ,ファシリテータの行為について重要視しており,本研究でモデレーションファシリテーションの技術を明らかにし,それをモデル化することによって,モデルに基づく自然言語処理を援用した話し合い支援システム,合意形成支援システムの構築を視野に入れ研究を進めている。実際には,話し合いの一形態であるフォーカス・グループ・インタビュー(FGI)を収録し,収録データを対象として様々な角度から分析を行っている。これらの研究目的は,モデレータ,ファシリテータの育成・研修に貢献できるだけでなく,教育現場への導入により話し合いという手法をめぐる様々な知識や方法論を身につけることを可能にする。
目標の一つとして自然言語処理システムを視野に入れた際,本研究でまず課題となるのは,システム構築のリソースである対話コーパスの作成である。コーパスとは計算処理可能な大規模言語データを指し,言語処理分野で頑健な処理とみなされている機械学習によるパタン分類などの教師データの役割を担う。教師データとしての知識はタグと呼ばれる情報項目であり,これは相互行為分析から得られる発話者の情報や,行為の種類などの知見・知識を整理・体系化したものとなる。コーパス機械学習の知識
獲得データであるため,分析に基づく質の良いコーパス作成は学習精度すなわち分類精度の向上に貢献する。FGIデータの場合は収録データを書き起してテキストとするが,この際,他のコーパス同様, 1)テキスト中のどのような部分を「単位」として, 2)どの単位にどのような情報の「タグ」を付与するか,を決める必要がある。現在,自然言語処理では,形態素解析係り受け解析といった要素技術のための新聞記事コーパス以外には,このような課題に関する共通見解がないのが実情である。従って,発表では,FGIデータのコーパス化という具体的な問題を通して,談話や対話の解析に自然言語処理技術を応用する際に避けて通れない単位策定の問題について,個別のデータの特有の課題と,様々なデータに共通する一般的な課題とに分けて議論する。