議論研究の展望
最近いろいろ刺激的な新興学問,例えば経済物理学,計算科学,データベース学,ネットワーク・サイエンスなどに触れることで特に実感するようになったんですけど,やっぱり学問を爆発的に推し進める起爆材は,その現象の背景を説明する基盤となる数学的モデルが不可欠だってことです.
経済物理学
http://gc.sfc.keio.ac.jp/class/2005_17054/slides/10/
計算科学
http://fcs.coe.nagoya-u.ac.jp/gaiyou/gaiyou1.htm
http://gc.sfc.keio.ac.jp/cgi/class/class_top.cgi?2004_19872
データベース学
http://gc.sfc.keio.ac.jp/class/2005_14283/slides/07/
ネットワーク・サイエンス
http://www.carc.aist.go.jp/ANDI05/
http://www.asahi-net.or.jp/~ny3k-kbys/contents/linked.html#chap0
理系の人には,常識すぎてあきれられてしまうこと請け合いですが,いわゆる文系にいると誰もこんなことを教えてくれないんですよ.これまで数学的モデルを,線形数学に基づく推測統計でしか用いて来なかった自分の文系どっぷりな研究スタイルを今ここで改めて懺悔し,「今更ながら,やっぱり数学をきちんと勉強しますわ」と,今ここで宣言したいと思います.
ところで,ここで研究対象としているのは議論な訳ですが,まず我々に必要なものは最も単純化されたレベルの現象をモデル化することです.という訳で,議論も含めた,人と人との会話が,今回のモデル化の対象となります.最低人数は2人です.チャットでも,面と向かってでも良いですが,同時に2人が時間と場所(バーチャルな場所でももちろんOK)を共有する場面がモデル化の対象となるだろうと思います.
次は,この対象のどの部分をモデル化するかが問題です.議論では,論理は欠かせませんが,普通の会話には論理がある場合もあれば,無い場合もあります.しかし,議論であろうと,チャットであろうと絶対に存在するものがあります.それは感情です.論理的な議論にも,広い意味での感情は絶対に存在しています.これは価値とも関係しています.価値というのは,なんらかの意見や行動に対して,良い・悪い・どちらでもないといった評価を決定する信念体系を指す訳ですが,つまるところ,それは広い意味での感情です.ダマシオ*1など著名な脳科学者によっても,人の認知的判断の根本には好き嫌いの感情的判断があることが明確に示されています.そこで,最も基本的な会話モデルは,会話における感情的評価を説明の対象とするべきではないかと考えました.
では,以下の仮想会話を例に,会話のモデル化のプロトタイピングをしてみましょう.
A1:昨日さ,「いいとも」見た?
B1:見た見た.今井さんとかっていう人が出てたよね.
A2:うん,そうそう.で,テレフォンショッキングの最後に,アンケートみたいなのするのあるじゃん?
B2:ん? ああ,あのボタン押すやつ
A3:そうそう.あれ,ビックリしなかった?だって,日本が戦争をしてたことを知らないって答えた人が17人もいたじゃん.(←これは事実です ^_^; 細かい数は間違ってるかもしれないけれど)
B3:あーねえ.まあでも,それくらい居そう.
A4:えー,マジで?17人だよー.20%近いよ.
B4:だってさ,いいともに応募する人たちの中だからねえ.日本国民の中でも特にミーハーな人たちの中で,20%の人が戦争を知らないってことだよ.まあ,そんなものじゃん?
A5:えええー.じゃあ,さあ,その人達ってどうやって高校に入学したのさ?それにテレビも毎日やってるよ.
B5:やつらは自分の興味無いことは聞こえないし,見えないような仕組みになってるんじゃない?
A6:むー,信じられん.
これを感情評価情報という側面から,情報のリダクションを行うと以下のようになります.今回の場合は,談話情報だけに基づいて,直前の先行発話に対する感情評価を0,+1,-1の3つでコード化してみました.コード化の単位は基本的には1文です.
A1:0
B1:+1
A2:+1, 0
B2:+1
A3:+1, 0
B3:+1, -1.
A4:-1
B4:0
A5:-1
B5:0
A6:-1
何をプラスの感情評価で,何をマイナスのものと見なすかは非常にいろいろな考え方があると思いますが,ここでは,とりあえず相手の考えに同調した場合を +1,否定気味だった場合を-1,それ以外を0としました.ちなみに1発話の中に複数の数値がある場合は,ここでは思い切って足してしまいましょう.で,これを時系列に従って,グラフ化するとこんな感じでしょうか.
話者A
/\
_/ \
\
話者B
/ ̄ ̄ ̄
/
とってもショボいですけど,原理的には,この仕組みで会話のもっとも基本的なプロセスを数学的に扱うための基盤ができあがったと言っても良いのではないでしょうか?
で何?と思うかもしれません.この程度の量のデータでは何も分かりません.しかし,この分析自体は現在のテキストマイニング技術でかなりの部分まで自動的に分析できます.そうすると,この分析法で,長時間のいろいろな会話データを分析して,いろいろな観点から視覚化し,それを既存の物理現象・社会現象のモデルやグラフと見比べて,似てるものはないか,などなどいろいろ考えることが可能です.例えば,為替市場の値段の上がり下がりの仕組みと会話上の感情評価の上がり下がりは何が違うのでしょうか.それから,複雑系の現象として知られているフラクタル構造や相転移などが,この感情評価データから読みとれないでしょうか?
なんだか可能性があると思いませんか?これを読んだ方で,「既にこんなのアイデアとして陳腐だよ」とか「あ,誰かが言ってたなあ,たしか」なんて人がいたら,絶対コメントをください.
*1: