議論で鍛える批判的思考能力

久々に批判的思考関係の論文を読みました。

ten Dam, G. & Volman, M. 2004 Critical thinking as a citizenship competence: teaching strategies. Learning and Instruction, 14, 359-379.

この論文は,批判的思考のトレーニング手段についての研究をレビューしたものでした。いわゆる批判的思考の「第二波」に乗っかってます。タイトルの“citizenship competence”という言葉に,そのことが反映されています。

第二波の研究者はおおざっぱにいって,Ennisを代表選手にするような第一波の批判的思考研究者が「批判的思考」を単なる思考スキルとか高次の思考能力であると捉えてしまっていることにとっても不満を持っています。そこに欠けているのは,「批判的思考力を身につけようとする人」と「社会」との結びつきです。

特に心理学者は,思考力を研究する際に社会文化的な要素を省いて,文脈依存しない真空状態の中で機能するような抽象的な意味での思考能力を理論的に想定してしまいがちですが,そのような傾向に反旗を翻しているのが,第二波と言って良いと思います。僕も心理学者の端くれではありますが,第二波サイドに大賛成です。

論文の構成は,

  1. 「批判的思考の文献収集の方法(p.361)」
  2. 「批判的思考の定義(p.361-)」
  3. 「批判的思考の教授方法についての理論的な論争(p.364-)」
  4. 「批判的思考の教授の効果(p.366-)」
  5. 「批判的思考力の測定方法(p.369)」
  6. 「社会的構成主義的アプローチによる批判的思考教授の理論的枠組み(p.370-)」

というような感じになっています。

今日は特に4つ目の項目についてメモしておきます。

結論から言うと,批判的思考のトレーニング方法についての研究はまだまだ確立するにはほど遠い状況です。

①一つ目の研究群は,ある訓練の効果をもたらした変数を回顧的に探索する研究手法によるもの。

  • Smith (1977):学生の参与,教員の励まし,学生のアイデアを取りあげることやほめること,学生同士のインタラクションが批判的思考力を伸ばす。
  • Trenzini et al. (1995):ある特定の訓練プログラムだけでなく,クラス外の体験や教授内容を包括的に考慮した上で1年間継続的に検討した結果,統計的に有意な訓練効果が見られた。
  • Tsui(1999):普通の大学の授業が批判的思考力の伸びとどう関係するか大規模調査(N=24,837)を行った。「ライティング科目」「学際科目」「歴史科目」「科学科目」「女性科目」「数学科目」「外国語科目」「民俗学科目」「専攻科目(honors program)」「プレゼンテーションの宿題を課すこと」「選択式テストよりも論文形式のテストを行うこと」「教員による批判的な論文読み」「グループ・プロジェクト」「個人プロジェクト」は自己報告による批判的思考力の伸びと正の相関。しかし,これらの効果は想定したものよりもずっと小さいものであった。

→以上の研究知見は見かけ上の相関にしか過ぎない恐れがあり,また指標が適切であるとはいえない。

ちなみに,これらの訓練の効果研究については,以下の論文が大々的にフューチャーされているので,こっちを読んだほうが良さそうです。
Tsui (1999) Courses and instruction affecting critical thinking. Research in Higher Education, 40, 185-200

ここはコメント:今回初めて知ったのは,批判的思考訓練にも,カリキュラムレベルで対応すべきだという観点が出始めていることです(例えば,Trenzini et al.,1995)。特定のクラスだけで,特別なプログラムを組んで訓練したとしても,ほとんど効果は得られないことが分かってきています。そこでコースを横断する形で,様々な文脈で批判的思考を促すような,主体的でインタラクティブな学習環境を用意することが重要になってくるという訳です。

②もう一つの研究群は,実験計画をきちんと組んだもの。

  • Garside (1996): グループ・ディスカッションは従来の講義型授業よりも批判的思考力を育成するかどうか検討。しかし,2つの授業法の効果に有意差無し。

Garside はその原因を学生の議論経験不足に帰属している。

  • Karabenick & Collins-Eaglin (1996): 質問紙を使った効果研究。協調活動を強調し,成績については強調しないような授業では,学生が高次の学習スキルを用い,批判的思考を行う傾向にあることを示した。
  • Tynjala (1998):11週間の構成主義的学習環境を採用した心理学コースは,最終試験のある通常の心理学コースよりも批判的思考力を伸ばすことができた。

要は,訓練の効果があるという報告とないっていう報告が入り交じっているということです。特定の訓練プログラムを組むというのではなくて,コースを横断するようなカリキュラムレベルでの教育環境の用意,社会的構成主義の理論に従ったような学習環境のデザインが重要でかつ,それを適切に評価するような測定方法の開発が重要なようです。

ここから以下は主に僕の感想や考えたことを。

やっぱり気になったのは,基本的に僕は「第二波」を応援したいのですが,やっぱりなんか概念的に曖昧です。これじゃあ,やっぱり第一波に押し返されてしまうでしょうね。だから,第一波の批判的思考の概念化で捉えきれない思考って一体何かっていうのを明らかにできるような,思考力測定の方法が一番必要です。そのためには,質問紙で測定しようとしても無駄で,インタビューや議論での談話の質を評価する強力な枠組みが必要でしょう。

そのための基礎づくりになると思われるのが,「論理的には完全に正しくて,抜け目が無い思考ができるているのだけれど,その文脈に照らし合わせて考えるとおかしな思考の展開をしてしまっている」というような思考展開例を集めるという作業だと思っています。

また,もう一つ参考になるのが,科学者の営みです。実証研究としての厳格さをそなえ非のない論理展開で論文を書いていても,その研究の社会的意義がまったく考慮されていない研究論文もあります。そういう事例も上記の問題を考える上でのヒントになりそうです。